2011.01.03 (Mon)
【つるかめ物語 健全篇03】
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撮影日当日………。
人の気を知ってか知らずか、空は抜けるような青空だった。初秋の澄んだ空気までもが、これから迫り来る波乱の予兆を暗示しているようで、正直気分は重かった。
「あー、キョーコちゃん、おはよう!」
敦賀さんもショータローも関係しない、最初のシーンを撮るべく、スタジオへ向かう途中で、社さんとすれ違う。彼は右手をあげて迎えてくれた。
「早いね、もう撮りに入るの?」
「はい、これから最初の撮影です」
シーン1のコンセプトは、OLさんのリラックスタイム。衣装は部屋着っぽくゆったりとした長袖のシャツに膝丈のレギンスで、撮りに入るまえには髪を湿らせてタオルキャップで髪をまとめ、お風呂上りを演出する。
それぞれの商品を飲むところまでのワンカットをその姿で行い、それが終わったら、いわゆる日本昔話に出てくるような、村人っぽい少年の姿に着替えるのだ。
「ええと、敦賀さんは今お着替え中ですか?」
「うーん…、そうだよー」
社さんはうなづきながら、手のひらでご自分の顎あたりを撫でた。
なんとも玄妙な面持ちでいらして、普段の社さんらしくなく、どこか心ここにあらずな感じでいぶかしい。
「どうかなさったんですか?」
首をかしげて聞く私に、社さんはひとつ大きく息をついてうなづいた。はい?と聞き返す私に、うーん、今更ながら、ちょっと化け物を見て…と嘯く声が届く。
化け物とはなんというおだやかならぬ形容…と、なおも聞き返そうとしたところで、スタジオの方から駆けてきたスタッフさんに入りを促された。
「呼んでるよ、いってらっしゃい、頑張ってね」
「あ、はい…」
ひとつ頭を下げて前を辞する。なんだかすごく気になるところで突き放されたような格好に、後ろ髪惹かれる思いで振り返ると、社さんはひらひらと手を振ってくれた。
「出来上がりをお楽しみに」
意味深な呟きが耳朶を打つ。
***
「はいよー、オッケー!! 京子、初々しい感じがなかなかいいぞーぉ」
導入シーンの撮影。監督にOKをもらい、ほっと一息をつく。白鶴と黒龍を何本も飲んで、お腹がタプタプになってしまった。
黒崎監督がカメラの前で打ち合わせをしているのを尻目に、部屋のセットの中で待機しつつ企画書をめくる。
私は乙姫に扮する敦賀さんの姿を、どうにも想像できないでいた。
確かに、敦賀さんはこれでもかというほどの美形だけれど、いわゆる女性的な美は一片も持ち合わせてはいらっしゃらないように思う。
しかも、あの立派な体格で女装とは。
でも、敦賀さんのことだから、なにかとんでもない力技を発揮されそうな気もする。
その力技を真近で見ることができるのでは…という期待と、いかに敦賀蓮とはいえ、さすがに女装は失敗してしまうんではいないかという不安。
それがどこから湧いてくるのかと考えて、ふとバカのことを思い出した。
それで、私は、敦賀さんがアイツに侮られるようなシチュエーションが気に入らず、気がかりでならないのだ、と気付いた。
「敦賀さん…がんばってください!」
敦賀蓮が、あんなバカに少しでも笑われるようなことがあってはならない…と、こぶしを握りしめて鼻息も荒く立ち上がる。と、その時、ふいに、誰かに後ろから頭をはたかれた。
いたっ。
「ヒトの心配なんかしてヨユウじゃねーか」
「なにするのよっ」
こういう事をする心当たりは一人しかいない。
怨キョがほとばしるのにまかせて目を光らせ、振り返ると…そこには案の定、奴がいた。
その姿を見た瞬間、息が止まった。
………こいつが、こういうスタイルを得意とすることなんて、PVの仕事をした時から…いやさ、幼い頃、小学校の学芸会で白雪姫の王子を演ってた時から、とっくに気付いていたけれど…それでも。
「おっ、どうした、口ぱっかーんと開けちゃって俺に見蕩れてんのか」
「う、うるさいわねっ、あまりにもイカレた仕上がりにあっけにとられてるのよっ」
思わず目を逸らして手をブイブイ振った。
一瞬でも目を奪われた自分が許せない。
天辺の毛を鏡獅子のようにふんわりとふくらませたストレートの白い長髪は、どういう作りになっているのか毛先が羽毛で。
バランスの取れた肢体をひきたてるように全身を白でまとめたなか、羽織る打掛には、白と銀と黒の糸で鶴の羽を模した豪華な刺繍が施されていた。
そして……言いたくはないけれど、思わず歯軋りしてしまうような、その端正な貌。
プロの手によって入念にメイクされた貌は、普段のヤツではなく、女性とも男性ともつかない無性の神々しさを湛えていた。
鶴…というよりは、上品めな猛禽…という感じで、それは何ていうか『不破尚』という、一見派手目だけれど実は硬質なミュージシャンのイメージにも、すごく似つかわしいものだった。
外面を整えただけでこうまで人間外の存在を表現出来る、メイクさんとスタイリストさんの手腕に感嘆していると、後ろに控えた彼(彼女)たちからショータローを素材として絶賛する声が聞こえてきて、私は思わず悔し涙にむせび泣きそうになった。
「個人的な本音を言えば俺的にはこういうコスプレは尻がむず痒いんだけどなぁ、こういうの、おまえは好きだよな、相変わらず」
こっそりと低く囁く声の甘さ。
後から耳に唇をつけるように息をふきかけられて、私は耳を抑えてヤツをにらみつけた。
視線に力が入らないのを見透かすように、ヤツが微笑む。それは凛とした白い百合が咲いたような華やかさだった。
なぜだか、反射的に頬が熱くなった。
いやだ。
このバカへの気持ちはもう既に、どんな小さな健気さも死滅したはずだ。幼い頃からひたすらにこのバカのよかれだけを願って行動してきた私を、地味で色気のない女とこき下ろし、利用するだけして捨てたこの薄情な男に、こんなふうな反応をしてしまう自分がうらめしくて涙が出てきそうだった。
バンドを組んで舞台に立つバカを見て、胸をときめかせた中学の頃。
眩しいステージに立つテレビの中のバカをうっとりと見つめた上京したてのあの頃。
ぶわっと記憶が蘇り、眼前に重なる。
(キョーコ!)
親兄弟親戚一同の、本来愛されるべき存在に、愛されるだけ愛されたものだけが持つ、屈託のない俺様な笑顔。自分の存在の重大さをひとかけらも疑った事のない、自信に満ちた幸せなひと。
ショータローの傍にいて、ショータローに必要とされているのだと感じることで、私は自分もまたここに“居ていい”存在なのだと、誰かに必要とされている人間なのだと、思うことが出来た。
なのに…。なのに。
胸が軋んだ。
あの頃とおなじようにこんなふうに胸が揺れるのは許さない。こんなのは―――いやだ。
「キョーコ?」
図々しく自信たっぷりに、私を覗き込む男が憎い。
「おい、こっち見ろよ、そんなふうに赤くなっちゃって…まだまだ可愛いとこあるじゃねえか」
いやだ、こないで。
(ショーちゃん)
「最上さん、大丈夫?」
その時、呪縛を解き放つ声が低く響いた。
涙が出そうな気持ちで縋るように振り向くと…
―――そこに、神がいた。
セットの中を真っ直ぐにこちらにやってくる敦賀さんは、あっけにとられるほど美しかった。
すたすたと普通に歩いているのに、目を奪われたスタッフさんが口をぱっかり開けて見送り、ある人は手にした機材を取り落とす。おい、と注意しかけた別のスタッフさんが、その視線につられて敦賀さんを見…――いつしかざわついていたスタジオ内がしん、と静まり返った。
それは私自身、彼の美貌など知りすぎるほど知っているはずなのに、こんなに美しかったのかとあらためて思い知るほどの衝撃だった。
首元を隠す、体にフィットした黒い光沢のノースリーブを着て、上から龍の鱗を模った前あきの内掛けを羽織る。
腰まで落として穿いた袴は内掛けと揃いの豪奢なもので、高々と結い上げた漆黒の髪を背に垂らしたその姿は人間離れしていて、その場にまさしく龍神が顕現した…といっても過言ではなかった。
体つきを特別に隠しもせず、はっきり女装しているわけではないのに、したたるように色っぽい。
中性的なところなんかどこにもないのに、むしろはっきり男くさいくらいなのに、色気が眩しすぎる。
ショータローが無性なら、敦賀さんは両性具有の淫靡さを発散させていた。
にっこりと微笑まれて、吸い込まれそうな引力を感じる。
ああ…なんて。
なんて綺麗なひとなんだろう。
ショータローのすがたに過去の思いを引きずり出されそうになった私を、その姿だけで救いあげてしまう威力。
まさに神の寵児とはかれのことだと思った。
「顔色が悪いよ、どうしたの? まだ少し髪が湿ってる。ちゃんと髪を拭かないと風邪をひくよ」
敦賀さんは、私を見つめて、安心させるように微笑んだ。
私の首にかけたタオルを手に取り、頭にかぶせてやさしく拭きはじめ、返す視線でショータローをちらりと見下ろす。
敦賀さんの登場に一瞬気圧されるように黙ったショータローの目に剣呑な光が宿った。
二人の間でまたぞろ何かがスパークしたように感じられ、私の天辺から怒りアンテナが飛び出す。
またこの状態だ。どういうわけか、この状態に挟まれると私はすごく居心地が悪くなった。
「おい、そこのデカイ人。俺がコイツと話してるのに割り込むなよ」
すると、敦賀さんは満面の笑み(似非紳士1000%発動)を浮かべてショータローに向き直った。
「だったらもう少し彼女の様子に気をつけてあげてほしいな。こんなに気分が悪そうなのに頓着もしないなんて、君は少し無神経なんじゃないかな?」
敦賀さんが言うと、ショータローは半眼をひらめかせ、ちらりとこちらを見てから口元を歪めて笑った。綺麗な鳥の王が見せるその野卑な仕種は先ほどの衝撃をよみがえらせかねない力を持っていて、正直これ以上直視したくなかった。
「…それは、あんたの見立て違いだ。ソイツはさ、気分が悪いワケじゃねえんだよ」
うっそりとヤツは笑った。
「俺のこのカッコにどうしようもなく見蕩れちゃってるんだよな、キョーコ」
なっ
ばっ
なんてことをっ
憎悪にかられてヤツを振り仰ぐと、余裕の表情を浮かべて真っ直ぐに見つめられた。
その自信にみちた視線にまたも胸がかしぐ。どうしてしまったのだろう。こんなことでは…これは。
(演技なんて出来ない…――!?)
ぞっとした。
自分と、これまで積み重ねたもの全てが足元から崩れてしまいそうな心もとなさ。
それは、間違いなく目の前のこのショータローの姿から発せられる呪縛だった。
プロモの時に、コイツに恋する天使の役をやれと言われたら泣いてしまっただろう…とは思ったけれど、それをこんなに切実に実感する日が来るとは思わなかった。
演技が出来ない…。
ショータローが相手だから?
復讐を誓った相手だから?
そんな理由で、演技が出来なくなる程度なら…私は、私なんかは、ぜんぜんまだからっぽのままで………。
後ろの敦賀さんの気配をさぐる。
こんな私の体たらくが知られたら、きっとまた…。
魔王が降臨して、軽蔑されて、あきれられて、今度こそ………あきれられて…?
そこで、唐突に気付いた。
敦賀さんの、この姿の美しさは、単に彼の美貌のみで成っているのではなく、彼は既に『乙姫』としての役作りを完璧に終えているのだと。
そういえば、千夜一夜の時だって、彼は撮影開始時にはとっくに役作りを終えていたのだ。
私はそれにひきずられるように、役を掴んだにすぎなくて。
たった数秒のCM。大雑把な世界観と、イメージとしての役どころ。…それに甘えていたわけじゃないけれど、私は…
(役作りをせず、なりゆきで対応しても構わないと思っていた…?)
地の底に足元からすうっと吸い込まれていくような衝撃に、思わず座り込んでしまいそうだった。
私は、いったい何をしているんだろう。
そんなだから、たかがショータローの挙動に演技が出来ないなんて不安になってしまうんだ。
「あの…わたし、ちょっと…っ」
ズバっと立ち上がって、二人から目をそらしたまま、とりあえずその場を逃げ出す。
―――どうしようもなくひとりになりたかった。
出るよ・出るよの玉手箱っ☆
盆と正月がいっぺんに来たとですたいっ!!
真蘭、今、幸せですたいっ!!!!
夕餉の支度を前に、幸福を有り難うでございますっ!!
コミクス派イッキ読みなんで本誌掲載シーズンがようわからんとですが
(そういや先日久しぶりに本誌読んだら、なんか水着とかきもだめしとか
季節の価格破壊が起こっていて驚きました。なんという斬新!!!)
26巻が継続しているとはいえ、なかなかロングにひっぱられたセンテンスだったんですねえw
テンテーは鬼ダナwwwww
■隠密のペロちゃん
どうもどうもです。そうでしたか、ペロちゃんもアンソロ後参入さんでしたか。
……よる年波には勝てませんな、うえっふ、げふ、ごほ。
私も大好きです。
ブログ…素敵だった。
ガラカメとか、このクロスロードな世界!!!
リンク、よろしければ、勿論どうぞ宜しくお願いします。
アドレス投下いただいたからには、さっそくリンクさせていただきます!!!
(ぶたんちは、リンクの申し出をされてアドレスを投下された方は、
おそろしいことに自動的にリンクされてしまいます。
しかしながら、こういうアレな場ではあるますので、ご迷惑じゃったらゆうて下さいね)
そして、ユーも某2ちゃんから辿り着いて下さった方なのですかw
まこと、彼の地は偉大ナリ。
ジーク!!!
■ランランちゃん
右向いて左向いてupしたあと振り向いたら、あちらにこちらにユーの愛が。www
アンタあたいのこと、愛しすぎだろ!(←この豚増長してますね?
嘘です。アリが問う。豚がさみしいと死んじゃう生き物だって、
ユーはきっと、知っているんだね……。
ハイル!!!
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