2011.01.03 (Mon)
【つるかめ物語 健全篇05】
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ヤツとキョーコがいちゃついてるシーンを見学してもムカツクだけなんで、ちょろっと見て控え室に戻った俺は、暑苦しい衣装の裾をからげて椅子にどっかりと座った。
さすがに、当代一の役者と言われるだけのことはある、と認めなくちゃなんねー…かもしれねー。
死んだ魚のような目をしていたキョーコが、ヤツと一緒にセットの中に入って、なんやかやしはじめたとたんににわかに活き活き葉ざかり花盛り?みたいな。いったいヤツはどんな魔法を使いやがった。
つか、キョーコのあの目は。
輝くようなあの目は。
それはかつて俺だけに向けられていたもの…だったはずだ。
俺を絶賛し、称賛し、ひたすら褒め称え…もたれかかってきていた時の…なのに。
何か言葉では上手く言えないけれど、ものすごく不快だった。
その目が直接ヤツに向けられているわけではない。
かつての俺のポジションにヤツがいるわけではない。
けれど、キョーコにあんな目をさせているのがまごうことなくヤツであることが、より一層俺の勘にさわった。
(くそっ)
右手を左手のひらに思い切り打ちつける。
焦燥感がじんわりと心を焼く。
「なにしてるの、尚。こんなところに居る場合じゃないでしょ、早くスタジオに戻って」
慌てたような様子で祥子サンがやってきた。
糞おちつかねえったらありゃしねえ。
現場に戻ると、いやに空気が張り詰めていた。
呼吸音ひとつしない、のまれたような静寂。
スタッフたちの視線がセット上に貼り付いているのを見て、つられて見ると、意気揚々とした龍神ブリの敦賀蓮と、あの野郎の腕の中にすっぽり抱えられたキョーコのツーショットが目に入った。既にカットはかかっているようなのが余計に忌々しい。
「ほんじゃま、亀の方はこんだけ撮りゃいいか、じゃあ次は鶴だな! 不破っちの準備はできてんのか?」
現場に、クロサキカントクのドスの聞いた声が響いた。
「チーッス、おっけーッス」
セットから降りてマネージャーらしき人物とカメラを確認するように覗き込むヤツと、その傍で椅子に腰掛けてメイク屋に直し入れてられてるキョーコの方に向かう。
さぞかしイイ絵がとれたんだろう、糞面白くもない。
「よーし、確認すっぞ。道を歩くキョーコが罠にかかった鶴を助けたら、その鶴が不破っちに変身。非日常の世界へ誘う感じで淫靡に迫るパターンを思いつく限り表現してみてくれ」
しかしこのカントクもよくやるよな…と思いつつ、セットの中に入る。
とりあえず揺さぶりの一つでもかけてやるか…と思い、続いて入ってくるキョーコに向き直る…と。
(………うおっ)
なんだなんだ、これは。
じっと俺を見つめる大きな瞳。すらりと伸びた手足の少年めいた扮装がキョーコをキョーコのように見せない。
「………キョーコ…?」
思わずおそるおそる声をかけてしまい、自分のへっぽこ具合にムカついた。
うっすらと眉をひそめるキョーコのすがたには、先ほどの動揺っぷりが毛ほどもなく、俺がコイツを捨ててからこっち見たことのないような、邪気のない自然体なようすをしていた。
…ああナルホド、コイツってば既に役の世界に突入しているというわけか。やっぱし何か、おもしろくねえーな。
大体、演技に入ると自分が消えるとか、役が憑依するって、胡散臭さの極みだよな…。マジでそんな事があるかっての。
調子コイてそういうフリしてるだけなんじゃないかという疑いが頭をもたげ…俺はふと意地悪な気持ちになった。
(どこまでスカしてられっかな…)
知らず、笑いに頬が歪む。
ちらりとセットの外の一際目立つ龍神スタイルのヤツに視線をくれてやると、ものの見事に視線が合った。
(思い知らせてやるぜ、敦賀蓮。てめーと俺の、立ち位置の違いってやつをよ)
「用意はイイか? はじめるぞー!」
用意はいいデス。とっととはじめちゃってください。
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